こんばんは。しーまんです。
「IT技術を活用した社会課題の解決」というワークショップがあった。そこで一人の青年が「思い出による自殺防止」を提案した。死にたい気持ちが強くなるとスマホがそれを察知して、過去に撮った写真や動画から家族や恋人との楽しい思い出を編集してアルバムのように見せてくれる、というもの。
面白い発想。近い将来、そんなことも可能になるのかもしれない。
でもね、
それでぼくの死にたいという気持ちはなくなりませんのよ。家族や恋人との楽しい思い出がない人は?家族や恋人のせいで死にたいと思っている人は?死にたいときに楽しいものを見たいと思うかな?
まあ、ぼちぼちこのへんでやめましょう(笑)。彼だって自殺がなくなったらいいというとても純粋な思いで提案しているのですから。しかし、「死にたいと考えたことのない人の善意」ほど残酷なものはないかもしれない。
あ、このへんでホントにやめましょうね(笑)
それとは、真逆の本がある。『完全自殺マニュアル』である。帯にはこんなことが書いてある。
薬局で買える死ねる薬から、最も安楽に死ねる方法まで、
聖書より役に立つ、コトバによる自殺装置。
読んでいくと、クスリ、首吊り、飛び降り、リストカットなどの聞いたことのある自殺から、感電、入水、凍死というマニアックなものもある。それぞれのやり方が「苦痛」「手間」「見苦しさ」「迷惑」「インパクト」の項目で5段階評価され具体的な方法が書いてある。さすがマニュアルというだけある。つい、気になって読んじゃう。
そんな本を出したら自殺を後押ししちゃうのでは、という声がどこからともなく聞こえてきそうである。人の命を軽んじているのかと。本の著者の意図は、「おわりに」にはっきり書いてある。
こういう本を書こうと思ったもともとの理由は、自殺はいけないっていうよく考えたら何の根拠もないことが、非常に純朴に信じられていて(中略)自殺する人は心の弱い人なんてことが平然と言われていることにイヤ気がさしたからってだけの話だ。「強く生きろ」なんてことが平然と言われてる世の中は、閉塞してて息苦しい。
「命を粗末にしないで、自分を大切に」などのポエムを聞くと、はいはい、じゃあ死んであげますね、となる。逆に死に方を具体的に詳しく教えてくれるほど、なんか安心感のようなものが得られる。いつでも死ねるという安心感というのかな。
苦しい気持ちを楽にするのは、「死なないで」という言葉ではなく、「確実に死ねる方法を知ること」っていうのは皮肉な話だけどね。
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