2025年6月20日公開。脚本・監督は早川千絵。「75歳以上の高齢者が自ら生死を選択できる制度」を描いた『PLAN 75』の監督でもある。予告が面白そうなので行ってみた。
あらすじ
日本がバブル経済絶頂期にあった、1980年代のある夏。11歳のフキ(鈴木唯)は、母(石田ひかり)と父(リリー・フランキー)と3人で郊外に暮らしている。ある日、学校で「みなしごになってみたい」という作文を提出し、母親とともに担任教師に呼び出される。闘病中の父と、仕事に追われる母の間にはいつしか大きな溝が生まれてしまう。同じマンションに住む久理子(河合優実)や、母が知り合った男性・御前崎(中島歩)、大学生の薫(坂東龍汰)など、大人たちとの交流のなかで、フキの日常も揺らいでいく。
なぜあまり面白くなかったかを言語化してみる
予告を見て期待値が高まっていたんだけど、あまり面白くなかったのである。本作はカンヌ国際映画祭「ある視点」部門にノミネートされた。日常描写の繊細さや演技、映像の完成度が評価されたのだろう。
- 日常描写:特別な出来事が起こるわけではなく、フキの日常が淡々と描かれ、その成長や周囲の人々との関わりが繊細に表現されている。
- 演技とキャスティング:フキ役を演じた新人の鈴木唯の自然な演技、ベテラン俳優たちの繊細な演技。
- 映像の完成度:「静謐」とか「余韻のある」というかんじ
一方で、あまり面白くなかったと感じた理由として2点くらいある。
①「説明」と「余白」のバランス
最近の映画だと、全部言葉で説明してくれる映画もあって、それはそれでげんなりするときもあるが、この映画は逆で、説明がなさすぎて余白が多すぎる。
意味がわかりづらいカットやシーンが点在していてつながらないのである。淡々と日常を描くこと自体は悪くないが、それをつなげる手がかりが足りず、何を描こうとしているのか見えづらい。踊っているシーンとか壁に光があたるシーンとか、心理描写も入って「?」が頭に浮かんでしまう。
あえてわかりやすい物語にはしないのだ、という意志なのかもしれないが、ぶっちゃけて言うと見づらい。
②なぜ1980年代なのか
1980年代の大人と子ども、みたいなところを描いているのだが、現代の子どもがスマホや多様な大人との接点で感覚を磨いていく状況とあまり変わらず、時代の特性が活かされていない印象もある。
たとえば、主人公フキの母親は働いているのだが、当時まだ珍しかった共働き家庭の中で、フキが大人びた感覚を身につけたことを示したいのか?
学校の友達の家に行ったら、極端な専業主婦&教育ママが現れるのだが、何かを象徴しているのか?いろんな家庭があるよね、ということだろうか。
ちなみに、80年代がどういう時代かさらっとまとめるとこんな感じ。
- 経済:バブル前夜~絶頂期。地価や株価が高騰し、企業は好業績を出し続けた。
- 文化:テレビが各家庭に完全に普及し、家庭用ビデオ、パソコン、テレホンカードといった新しい技術も登場し、家庭内に「新しい物」がどんどん入ってきた。
- 家族:三世代同居から、父・母・子どもだけの核家族世帯へとシフト。共働き家庭も増え始めた。
- 女性の社会進出:1986年に男女雇用機会均等法が施行され、女性が働きに出ることが当たり前になり始めた時期。
- 教育と進学重視:塾通いや受験戦争が激化。子どもたちは管理・競争される環境に置かれがちだった。
映画の中でも、病院の中で喫煙できたり、伝言ダイヤル(番号に電話をかけてメッセージを録音し、他の人がそれを聞いて返信できる仕組み)がでてきたり、という懐かしさはあるかもしれない。
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