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愛とSEXと家族

特集!元カレ襲来~果たして2児の母は終電で帰れるのか~

チャンスは突然やってくる。

女であることを忘れかけていた私に、胸が高鳴る出来事が起きた。

元カレの襲来。

元カレのイメージ図

付き合っていたのは十数年前、大学生の頃だ。1番恋をした相手だと言い切れる。求め合ううちに2人の世界に閉じこもるようになってしまい、身の破滅を危惧して1年弱で別れることになった。そんな彼から突然電話がかかってきたのだ。

私に会いたいと電話越しに言うその語気からは、下心が見え隠れしていた。甘いミネラルたっぷりのその声に、私は求めていた何かを思い出した気がした。彼に会って、今の私もかわいいと言ってもらいたい。女性扱いしてもらいたい。

三日考えた末、「いいとこ取りをしよう」という結論に至った。たくさんかわいいと言ってもらって潤いのみを摂取し、強い意志で健全に確実に帰る。残るのは、旧友とご飯に行ったという事実だけ。

そのために大切なことは2つ。

1つ。身体の手入れは一切しない。

最大数の「かわいい」を浴びるためには、顔は万全の体制を整える必要がある。毛穴くずれ防止下地を新調し、テカリ防止パウダーをはたく。ハイブランドのリップと、少し長めのアイラインを引く。

しかし一方で身体はまったく手入れをしない。あらゆるムダ毛はそのままにする。下着もいつものグレーのエアリズムのまま。たるみきった肉体を存分に生かし、色っぽさとは対極の身体をあえてつくる。誰かにお見せできる状態にしない。

2つ。いつもより自分を高く見積もる。

実は、3日のクールダウンの間に、だんだんと彼が盛りのついた柴犬に思えてきていた。興奮状態にある柴犬が私の足にしがみついている。

彼と会わない十数年の間に、私は多少の思慮深さを手に入れた。衝動に打ち勝つ訓練は十分に積んでいる。分別のある大人は、自分を安売りしない。本当はいつでもアホなチワワになれるが、今回はお高くとまったボルゾイくらいの振る舞いを心掛けよう。

こうしてムダ毛の生えたボルゾイは、自宅玄関のドアを開ける。そもそも行くなとツッコむ自分もいる気がするが、このままではアラサーにして枯れきってしまいそうだから仕方ないのである。せめて、一線を越えて腐った人間にならないために、私は絶対に健全に帰る。性的接触なしに褒めちぎってもらうことが今日のミッションだ。

焼き鳥屋に現れた彼は少しふくよかになっていたが、声も眼差しも変わらないままだった。彼も私を見て、全然変わらないねと言った。カウンターに並んで座り、高そうなグラスを持って小さく乾杯する。

塩かタレか、その好みは今も聞かなくてもわかった。彼がちょっと鼻声だってことにもすぐに気づいた。十数年経っても、「な!」という相槌は変わらなかった。一本420円の砂肝を頬張りながら、鳥貴族で精一杯だった頃を愛おしく思った。

彼の目に吸い込まれないよう細心の注意を払いながら、開始10分で「今日は私終電で帰るからね」と言った。「タクシー呼ぶから時間は気にしないで」と言う彼の声がそのあたりに漂った。

その後も何度も降り注いだ熱い視線と褒め言葉は、ボルゾイの自尊心をふくらませていく。

髪長いのも似合うね。
やっぱり声がかわいいな。
俺はずっと女性として見てるよ。

期待通り、彼は私をかわいがった。私が喜ぶ言葉をよく知っている。これを求めて彼に会うことにしたんだ。これで完璧なはずなのに。なぜかそのどれもが一線を越えないことを強化する材料になっていた。ほしかった言葉たちは、水分のように浸透しては代謝されていく。

焼き鳥と身の上話で時間を溶かした後、夜の繁華街を2人で歩いた。角を2つ通り過ぎるまで、彼はいかに私と離れがたいか熱弁を振るっていたが、3つ目の角を通り過ぎる頃には諦めたようだった。

別れ際、彼はなぜか私にお金を差し出した。

「今日の私って、買われてたの?」とふっかけたが、彼は「そんなんじゃないよ〜」と言って笑っていた。私になんとかお金を握らせると、彼はそのままタクシーに乗って帰っていった。

あぁ、彼は私を愛でているようでいて、ずっとニコニコと純朴そうな顔でマスタベーションをしてたんだな、と思った。

こうして、かつてとは違う気持ちで彼と別れた。

もちろん私だって、ズルいボルゾイでしかないことは自覚している。正確には、元カレとは別のマスタベーションをしていたズルいボルゾイ(ムダ毛あり)だ。私と彼は、一緒にいても1人と1人でしかなく、各々が自分の快楽のために相手を利用する関係にしかならなかった。そういう人からのお誘いは気が乗らないし、彼の方も心から私と寝たかったわけじゃないと思う。

「たくさんかわいいと言ってもらって潤いのみを摂取し、強い意志で健全に確実に帰る」というミッションは確かに完遂された。でもそれ以上に、自分を高く見積もることを諦めなかった、その充足感で清々しい気分だった。私が欲していたのは、誰かからの寵愛ではなく、自分を安売りしないことだったのかもしれない。

その日ボルゾイはお風呂で毛並みを整え、自分を大切に思いながら眠りについた。激しい自慰の見せあいっこを経てやっと、自慰は1人でもできることに気づいたのだった。

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こっとん

こっとん

しゃべる図書館のひと

理想や妄想が広がりすぎて身の振り方を見失ったアラサー。職人や学者にめっぽう弱い。既婚。息子2。九州在住。

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